時々、96歳の元小学校教師のおばあちゃんと話すことがある。
認知症があって何度も同じ話をしてくれるのだが、大抵は先生時代の話だ。
一昨日会った時は、
「私は、子どもが勉強ができなくても叱ったことはない。頑張った過程を褒めてやる。」
「子どもの心を育てることが先生の役目」と言っていた。
だから、私は「心を育てるにはどうしたらいいんですか?」と質問した。
すると、考える素振りもなく、笑顔で、
「そんなことも分からんとね」
「困っている人がいたら助けてやること」と言った。
とてもシンプルな答えだった。
家に帰ってからも、なんとなくその言葉が頭から離れなかった。
心というのは、行動の積み重ねで育っていくのだろうか。
そんなことを考えながら、おばあちゃんの日頃の言動を振り返ってみる。
食事の時、隣の席のおばあちゃんが寝ていると、「起きてご飯を食べんね」と声を掛ける。
起きて食べ始めると、「偉いね」「凄いね」と笑顔で見守っている。
そして、介護士さんに「人のことはいいから、自分のご飯を食べてください」と注意されている。
ふと腑に落ちた。
おばあちゃんは、目の前にいる人にずっと手を差し伸べ続けているのだ。
そういえば、私のこともよく褒めてくれる。
「目が綺麗」「肌が綺麗」といった具合に。
先生を退いてから何十年も経つのに、相手が子どもじゃなくなっても、自然とやっている。
「褒めて伸ばすこと」
「困っている人を助けること」
特別なことをする必要はないのかもしれない。
目の前にいる人に、少し手を差し伸べること。
良いなと思ったことを、少し言葉にして相手に伝えること。
96歳になっても、認知症になっても、先生は現役だ。
格好いい。
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