
ついに、箸置き置きを手に入れた。
もちろん、それぞれ単体でも可愛い。
でも、箸置き置きに載せると、可愛さが倍増する。
※箸置き置きとは、皿型の箸置きのことである。

HARIOと言えば、日本製の耐熱ガラス。
丈夫で扱いやすく、価格も手頃なので、気づけば家にいくつもある。
このポットもその一つで、特に気に入っているのは水切れの良さだ。
密閉式の蓋ではないため、私は毎回外して使っているが、勢い余って多量の水を注いでしまっても、水滴1つ垂れない。普通に注げばなおさら垂れない。
気持ちが良い。
素材
ガラスは100%天然素材から作られている。
重金属は一切使用されていない。
耐熱性
熱湯をそのまま注げる。
大容量
容量は1400ml。
やかん約1杯分のお湯が入る。
収納
冷蔵庫のドアポケットにすっきり収まる。
ハンドル付きなので取り出しやすい。
手入れ
蓋は簡単に取り外せる。
シンプルな構造で洗いやすく、乾きやすい。
食洗機にも対応している。
先生は誰でもすぐに褒める。
昨日は看護師さんに「あなたは綺麗」と言ったあと、
「私は顔は綺麗じゃないけど、頭は良かった。」
と笑っていた。
今日も、通りかかった介護士さんを見て、
「足が長いね。」
「走るの速かったやろう?」
と声をかけていた。
その介護士さんが行ってしまうと、今度は私に向かって、
「私は足が短い。」
「走るのも遅くて、運動会が嫌いやった。」
「でも私は頭が良かった。」
「なんでも一番にならんでもいいやろ?」
と言って笑っていた。
「他人の悪い所は片目つぶって見る。良い所は両目でしっかり見る。一歩下がって、相手を観察するのはダメ。」
と、先生は言っていた。
確かに、自分のことは棚に上げて、他人のことは厳しく見てしまいがちだ。
それは劣等感や自己防衛から来るものなのだろうか。
自分自身や周りの環境に不満があると、人は否定的な見方をしやすい。でも、地位が高くても、頭が良くても、お金があっても、他人を厳しく批判する人はいる。
幼い頃から身につけてきた考え方なのか。
それとも、相手の欠点を見つけること自体が生き延びるための本能なのか。
答えはまだ分からない。
仮に理由が分かったところで、人を批判したくなる気持ちはなくならないかもしれない。
それでも先生は穏やかな笑顔で、
「私は人が大好き。人の悪い所は片目で見るくらいがいい。」
と言う。
その言葉にはきっと、私にはまだ見えていない景色があるのだろう。
とりあえず、今日は先生の真似をしてみようと思う。
人の悪い所は片目で。
良い所は両目で。
「嫌なことを言われても、可哀そうな人だと思って受け流す。自分も同じことを言ったら心が汚くなる。心を綺麗にしておくといい顔になる。」
と、先生は言った。
とはいえ、綺麗ごとでは済まないこともある。
嫌な言葉。嫌な態度。
受け流そうと思っても、なかなか出来ることじゃない。
正直、先生は元々そういう性質の人なんじゃないだろうかと思った。
「難しいです」と伝えると、先生は笑って言った。
「最初は難しくても、意識してやっていると出来るようになるよ。」
その言葉に、少しほっとした。
先生は96歳なのに、眉間にしわがない。
肌はつやつやしていて、優しく、かわいらしい顔をしている。
先生自身がその言葉を証明してくれている。
もし本当に心掛け次第なら、私にもまだ望みはあるのかもしれない。
私もいつか、そんな顔で歳を重ねたい。
時々、96歳の元小学校教師のおばあちゃんと話すことがある。
認知症があって何度も同じ話をしてくれるのだが、大抵は先生時代の話だ。
一昨日会った時は、
「私は、子どもが勉強ができなくても叱ったことはない。頑張った過程を褒めてやる。」
「子どもの心を育てることが先生の役目」と言っていた。
だから、私は「心を育てるにはどうしたらいいんですか?」と質問した。
すると、考える素振りもなく、笑顔で、
「そんなことも分からんとね」
「困っている人がいたら助けてやること」と言った。
とてもシンプルな答えだった。
家に帰ってからも、なんとなくその言葉が頭から離れなかった。
心というのは、行動の積み重ねで育っていくのだろうか。
そんなことを考えながら、おばあちゃんの日頃の言動を振り返ってみる。
食事の時、隣の席のおばあちゃんが寝ていると、「起きてご飯を食べんね」と声を掛ける。
起きて食べ始めると、「偉いね」「凄いね」と笑顔で見守っている。
そして、介護士さんに「人のことはいいから、自分のご飯を食べてください」と注意されている。
ふと腑に落ちた。
おばあちゃんは、目の前にいる人にずっと手を差し伸べ続けているのだ。
そういえば、私のこともよく褒めてくれる。
「目が綺麗」「肌が綺麗」といった具合に。
先生を退いてから何十年も経つのに、相手が子どもじゃなくなっても、自然とやっている。
「褒めて伸ばすこと」
「困っている人を助けること」
特別なことをする必要はないのかもしれない。
目の前にいる人に、少し手を差し伸べること。
良いなと思ったことを、少し言葉にして相手に伝えること。
96歳になっても、認知症になっても、先生は現役だ。
格好いい。

ぎやまん陶を買った。茄子紺と漆ブラウンの二枚。
手に取った瞬間、思ったより軽かった。
でも見た目は重厚で、なんというか、凛としている。
不用意に箸置きを合わせてはいけない気がした。
試しにお好み焼きのコテ箸置きを置いてみたら、案の定、皿の空気に耐えられなかった。
たこ焼きはギリギリいけそうだ。
これは、漆ブラウンとたこ焼きソースの色艶がリンクしているからではないかと思う。
茶色は包容力があって多少のことは受け入れてくれそうだが、青の方は手強い。隙がない。


それはそうと、なぜこの皿は料理がおいしそうに見えるのだろう。
真剣な皿を目の前に、私も真剣に考えている。




「ぎやまん」は、江戸時代にガラス製品を指した言葉だ。
語源はポルトガル語の diamante(ダイヤモンド)といわれている。明治時代以降は「ガラス」という呼び名に取って代わられ、今では殆ど使われない。
カネコ小兵製陶所のぎやまん陶は、磁器でありながらガラスのような透明感と、漆器のような深い色艶を持つ。
実物を見ると、「ぎやまん」という古い言葉がよく似合う。
皿には放射状にしのぎが入っていて、自然と真ん中に視線が集まる。盛りつけられた料理が主役になるデザインだ。
カラーは茄子紺、漆ブラウン、墨ブラック、利休グリーンの4色。
私は茄子紺と漆ブラウンを使っていて、どちらも料理を美味しそうに見せてくれる。
特に、茄子紺は料理を瑞々しく見せ、漆ブラウンは料理をより味わい深く見せてくれる気がする。

スーパーの寿司

ハンバーグ
実用性も高い。食材の色が移りにくく、温める程度なら電子レンジにも使える。比較的軽く、普段使いしやすい。
このシリーズは数年にわたる試作の末に完成したという。
「飴釉を扱うと窯元がつぶれる」とまでいわれた釉薬を使いこなし、2008年の発売以来、世界中で愛されている。
実際に使ってみると、その理由が分かる気がする。

仕事帰り、先輩が「雨が降る匂いがする」と言った。
今まで意識したことはなかったけれど、実際に雨の匂いというものはあるらしい。
植物の油分、土壌中の微生物が作るゲオスミン、オゾン。
ちなみに、その日はからっ晴れだったけど、次の次の日は小雨だった。
どのくらい先まで効力があるのだろう。雨の匂い。